早春の京都 太秦編

寒い日、雨も上がってきたので出かけてみることにしました。
それでもまたいつ降り出すかわからないので、近場を選択。

いつも通り西山天王山駅から
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阪急電車で
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「西院」へ
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隣にある嵐電「西院」(こちらは「さい」)へ
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ここには嵐電の車庫があります
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「大宮」行きの電車は「夕子」
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「西院」駅で上下線がすれ違うので
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嵐山行きはほぼ同時に来ます
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嵐電の先頭車両に乗って
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「太秦広隆寺駅」で降りて「広隆寺」へ
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広隆寺は600年ころ創建の真言宗のお寺で開基は秦河勝、駅の真ん前にあります
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「楼門」をくぐると「講堂」が見えてきます
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さらに境内を進んで行くと
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正面に「上宮王院太子殿」
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「聖徳太子」をお祀りしていうお堂ですが
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ご本尊が聖徳太子なので
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ここが広隆寺の本堂になります
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奥へ行ってみましょう
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苔むした風格ある庭の前に
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「霊宝殿」、ここには教科書によく出てくる「木造弥勒菩薩半跏像」があります。
他にも国宝、重要文化財がずらり、しかも奈良時代ころのものばかりで見ごたえ十分
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さあ雨が降る前に次に行きましょう
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歩いて5分ほどで「大酒神社」
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ご祭神が「秦始皇帝」「弓月王」「秦酒公」と、ご祭神には聞きなれない名前だったので来てみました。
「弓月王」とは始皇帝の末裔で、秦氏のご先祖とのこと。
秦氏は平安京ができる前の京都を開拓した渡来系の一族で、広隆寺は秦氏の氏寺だそうです。
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一見村社のような小さな神社でしたが、広隆寺と同時期ころの創建といわれる神社で「牛祭」が有名とのことです。
なによりも御祭神が「秦始皇帝」ということに驚愕しました。

次に向かうのは大酒神社から歩いて10分ほどの「木嶋坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまじんじゃ)」
御祭神は
天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)
大国魂神(おおくにたまのかみ)
穂々出見命(ほほでみのみこと)
鵜茅葺不合命(うがやふきあえずのみこと)
瓊々杵尊(ににぎのみこと)
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創建は700年ころと飛鳥時代とのこと
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そして本殿東側には「蚕養神社(こかいじんじゃ、東本殿)」があり、秦氏が伝えた養蚕に因むと言われています
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そして西奥には「元糺の池」
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今は池は枯れていますが、かつてはここの神が「糺の森」に移ったともいわれているようです。
今の下鴨神社の森が「糺の森」と呼ばれる前は、ここの森が「糺の森」でそれで”元”が付くようです。
そして「三柱鳥居」
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参拝者もほとんどいない静かな神社で、悠久の歴史が感じられる神社でした
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帰りは嵐電の「蚕ノ社駅」から帰りましょう
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太秦と言えば「映画村」がすぐに思い浮かびますが、今回「広隆寺」「大酒神社」「蚕ノ社」を訪ねてみて改めて秦氏の存在の大きさを感じました。
秦氏がいなければ太秦、伏見は今の状態ではなく、京都も違った姿になっていたのではないでしょうか。

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